人間とは徳と知識を求めて生きるもの

Considerate la vostra semenza: fatti non foste a viver come bruti, ma per seguir virtute e conoscenza.

Siena

こんにちは。寒いながらも少しずつ春の兆しが感じられる季節になりました。皆さん、お元気ですか?さて、 2015年に入って間もなく私たち日本人は衝撃的な事件に襲われ、激動の世界情勢を改めて痛感しました。心ふさぐようなニュースの多い昨今、古人に学び、人間一人ひとりに宿るとされる美徳を見つめなおすことで、私たちの心に希望の光をともし続けることができないでしょうか?今年度のお便りでは、約700年前にシエナで描かれた一面のフレスコ画を手掛かりに、人間の善き心、さまざまなvirtù(徳)について考えていきたいと思います。

Buon Governo今回取り上げるフレスコ画は、1338-9年に描かれた『Allegoria del Buon Governo(善政の寓意)』です。当時「i Nove」と呼ばれる9人の市民代表の統治によって経済的にも文化的に栄華を極めていたシエナ共和国が、当代一の画家Ambrogio Lorenzetti(アンブロージョ・ロレンツェッティ)に委嘱して描かせた作品です。『善政の寓意』は他の3つのフレスコ画とともにシエナ市庁舎の平和の間の壁に描かれ、議会に集う執政者たちを取り巻くように配置されました。フレスコ画は、善い政治によって社会の秩序と調和を保ち、市民がより豊かな生活をおくれるよう、執政者たちにvirtùの大切さを日々説いていたのです。

Paceロレンツェッティは、『善政の寓意』の中に10あまりのvirtùを人や天使の姿で描き出しました。擬人化されたシエナ共和国の頭上には、Fede(信仰)、 Speraza(希望)、 Carità(愛)の3つの神学的徳。シエナの横に鎮座するのは、西洋古典世界の基本的な四つの徳であるGiustizia(正義)、Temperanza(節制)、Prudenza(賢明)、Fortezza(剛毅)と、当時の徳としては珍しいPace(平和)、Magnanimità(寛仁)。そして、Sapienza Divina(神の英知)、2人目のGiustizia(正義)、Giustizia distributiva (分配的正義)、Giustizia Commutativa(交換正義)、Concordia(和)が、身分や職業の異なるさまざまな市民の調和をつかさどる美徳として描かれています。徳に導かれた統治により、平和のもとで生き生きと豊かに暮らす人々。『善政の寓意』の右の壁にあるフレスコ画『Effetti del Buon Governo in Città e in Campagna (都市と田園における善政の効果)』には、シエナ共和国の理想郷が描かれています。

Moneta Virtùころで、virtùとはそもそも何なのでしょうか?現代イタリア語のvirtù(徳)は、ラテン語で「人間」を意味するvirから派生し、「力、勇気」を意味するvirtusという単語を経て生まれました。ラテン語のvirtusは、古代ローマでは主に戦いのために人間に授けられた力、勇気をもって戦うことのできる能力を意味していました。西洋哲学やキリスト教の中で重要なテーマとして扱われて意味が変化し、現代イタリア語では「徳、美徳、道徳心」、「悪いことを遠ざけ良いことをしようとする本来人の心に備わる性質で、賞や罰を勘案せずにそれ自体を目的とする志向性」という意味を持つようになりました。昔のイタリア語ではvirtude、virtute、vertù、 vertude、 vertuteなどとも綴られていました。「Considerate la vostra semenza: fatti non foste a viver come bruti, ma per seguir virtute e conoscenza」。ダンテ・アリギエーリは『神曲』の中で、本来人間とは野獣のように生きるのではなく、徳と知識を求めて生きるものであると詠いました。

Bushido洋の東西を問わず、私たちの心には美徳なるものがある、徳を身につける能力があると考えられてきました。多くの文化に共通する徳目もたくさんあります。中国思想や儒教から日本に入ってきた道徳、例えば、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』にある8つの徳「仁義礼智忠信孝悌」や、新渡戸稲造の『武士道』に書かれた武士の七つの徳「義勇仁礼誠誉忠」、聖徳太子の制定した憲法第一条にある「和」などは、私たちに馴染みの深い徳でありながら、その大部分がロレンツェッティのフレスコ画に描かれたvirtùにも一致します。古今東西、個々人の善き心によって多くの人が幸せに和して生きる環境を実現できると考えられている。ということは、私たち一人ひとりの心のあり方によって世界のあり方も変わってくる、ということになるのではないでしょうか。

先月たくさんの家に飾られていたマンリョウの花言葉は「徳のある人」だとか。縁起物にあやかり、私たちの内にあるvirtùとともに2015年もあまたの人々にとって心豊かな一年となりますように。次回からは、具体的にいくつかのvirtùをトピックにお便りしていきたいと思います。

 

*当記事は2015年2月に、公益財団法人 日伊協会のサイトで紹介されています。